最初の手紙は古代エジプト時代だった?:手紙の歴史

お詫びの手紙

古代エジプト時代、粘土板に刻まれた文字とも記号とも言えないものが「手紙」のあ始まりと言われています。持ち運ぶことができない粘土板を運べるようにしたのが「パピルス(紙)」でした。パピルスが作られたことで「目につくところに置いておくから、皆さん見ておいてください」という掲示板的なものが、日常的な用件を書いた手紙として発達しました。ちなみにパピルス時代には手紙の送付手段が「伝書鳩」だったというから、かなり大変な苦労を要して相手に届けられたということが想像できますね。

古代から離れている人同士は通信を欲していた

手紙というものが発生する以前は「伝令」という形が一般的でした。とは言っても、誰でもが利用できたわけではなく、身分の高い人だけが伝令という名の使者を遣わすことができたのです。

中世ヨーロッパが繁栄してくると、飛脚制度が台頭してきます。この時代の飛脚制度も発達はしたものの、やはり庶民には利用できないものでした。利用できたのは王室や僧院・騎士団などだけだったようです。

日本の手紙事情は?

歴史の授業で習った「大化の改新」の後に日本の手紙事情が体系化されました。「大宝律令」により整えられた制度でしたが、やはり人や馬が手紙を運ぶというものでした。この時の運び方は独特で、イタリアのローマや中国・古くは古代ペルシャでとられていた「駅制」に似たもので、全国を7つに分けて「駅」を設け、その間を運んで行くというものです。これでは今日出した手紙が相手にいつ届くのか、見当もつきませんね・・・

飛脚の登場は江戸時代

商業や文化活動が華やかになってきた江戸時代になると、日本でも「飛脚」が活躍を始めます。庶民の間でも手紙文化が普及してきた証拠かと思いきや、それでもまだ庶民向けではなく今でいう富裕層の贅沢文化だったのです。

「手紙」という呼称はこの江戸時代に起こったもので、読んで字のごとく「文字を書き留めた紙」という意味からだそうです。

ちなみに中国の方に「手紙」というとトイレットペーパーが出てきてしまうのでご注意ください・・・

「手紙」の変遷

意思疎通のツールとして現在のような「手紙」になるまでには様々なものがあったようです。「石手紙」「花手紙」「狼煙(のろし)」など、様々な自然のものも利用しながら互いのことを知ろうとしたのでしょう。

「切手」や「はがき」はいつできたのか

1871年(明治4年)に東京大阪間でのみ郵便という制度が始まりました。街で見かける郵便ポストが赤色になったのはそれから30年後のことです。郵便ポストがあると、ものすごく目立つと思いませんか?やはり赤色にした理由はズバリ「目立つから」ということでした。

昭和の香りのする赤色で円筒形の可愛らしいけれどとても重厚感のあるポストは、今でも大切に残されているところもあります。若い方には馴染みがないかもしれませんが子どもには郵便物を入れる位置がとても高くて、手が届くとなんとなく大人になったような気持ちがしたものです。

手紙の歴史について:まとめ

円筒形の重みのある愛らしいポストが現在の形になったのは、手紙の量が増えたからというのが理由です。始まりから150年近い月日の間に、日本人に「手紙文化」が確かに根付いた証拠ともいえるでしょう。

歴史から見るととても充実した郵便制度が整えられた今だからこそ、メールに頼らずに自分の字で書いた「手紙」を届けましょう。

手紙の書き方  手紙の書き方